秘匿された〈まなざし〉

――カントの〈狂気〉論――

山本博史

 

Über dem verborgenen Blick

―― Kants Lehre von der Gemüthsstörung ――

Hiroshi YAMAMOTO

 

 

 

 

 

 

要約

 

 カントは,『脳の病気に関する試論Versuch über die Krankheiten des Kopfes(1764)および『実用的見地における人間学Anthropologie in pragmatischer Hinsicht1798)において,〈狂気〉を認識能力の位相における狂いと捉え,それを認識諸能力との関係において分類している。カントの〈狂気〉に対する関心および〈狂気〉の表象の仕方は,当時の一般的なそれと共通していると考えられるが,そこには,〈狂気〉を不健全なもの・異常なものとして排除・否定しようとする暴力的な反道徳的な〈まなざし〉がある。〈狂気〉に対するこの規範的な〈まなざし〉は,批判哲学の方法論の根底に前提として潜んでいる同質性への〈まなざし〉に必然的に付きまとう異質性への〈まなざし〉に淵源があるのだが,そのような〈まなざし〉を秘匿したカントの道徳論は,方法論的に必然的に,自己破壊・自己解体の危機を胚胎していると言わざるをえない。

 

 

キーワード

狂気,まなざし,脱構築


 

Zwei Dinge erfüllen das Gemüth mit immer neuer und zunehmender Bewunderung und Ehrfurcht, je öfter und anhaltender sich das Nachdenken damit beschäftigt: der bestirnte Himmel über mir und das moralische Gesetz in mir.V, 161(1)

(邦訳)繰り返し,絶え間なく熟考すればするほど,それだけ新たにたかまりくる感嘆と畏敬の念をもって心を満たすものが二つある。我が上なる星の輝く空と我が内なる道徳律とである。

 

 これは,カント『実践理性批判』の「結び(Beschluß)」の冒頭の一文である。カント没後200年余りの間,この一文は,世界中で文字どおり数え切れないほど引用されてきた。それは,カントの墓碑銘として紹介されることが多く,その意味では,カントの最もポピュラーな一文なのかもしれない。もっとも,墓碑銘とされる写真と同一の写真が,ケーニヒスベルクの城壁のカント記念碑であると紹介されたりもしており,墓碑銘云々については,墓所の再建,再埋葬,墓碑の建替えなどの問題もあるので,真偽のほどは定かではない(2)。いずれにせよ,それは,理論理性によって構成される自然的世界と実践理性によって構築される道徳的世界の法則性に対する畏敬の念を表明したものである。自律としての自由によって基礎づけられた道徳的共同体としての「諸目的の国」という理念は,理性の光に対して絶対的な信を寄せる啓蒙の哲学にふさわしく,人類の精神史の中で輝いている。

 しかし,そのような光の背後には,実は,闇が隠されているのである。カントの輝かしい道徳論の背後には,実は,ある規範的な〈まなざし〉が秘匿されている。そのような〈まなざし〉は,これまでのカント研究において,ほとんど明るみに出されることがなく忘れ去られてきたように思う。小論の意図は,広い意味での〈狂気〉(3)に関するカントの言説の中には,ある規範的な〈まなざし〉が秘匿されており,その規範的〈まなざし〉が,カントの輝かしい道徳論の基底に,秘匿された前提として潜んでいることを明らかにすることである(4)

 

   1.カントによる〈狂気〉の分類

 

 カントが〈狂気〉についてまとまった形で論じている箇所は多くない。『脳の病気に関する試論(Versuch über die Krankheiten des Kopfes)』(1764年,以下『脳病試論』と略記)と,そこでの主張を基本的に踏襲していると思われる『実用的見地における人間学(Anthropologie in pragmatischer Hinsicht)』(1798年,以下『人間学』と略記)の中の数節くらいのものである。多くの研究者が行っているように,これらの箇所に,カントの人間観察の鋭さや時代批判や皮肉を読み取ることも可能であろう。しかし,そこには,広い意味での〈狂気〉に対する当時の一般的な〈まなざし〉が見え隠れしている。この〈まなざし〉をカントも共有しているとしたら,どうだろうか。カントの批判哲学の読み方が,とりわけ道徳論の読み方が変わってくるのではないだろうか。〈狂気〉に対する〈まなざし〉を際立たせる前に,その下準備として,カントが〈狂気をどのように分類しているのかを,まず明確にしておこう。

 

   『脳病試論』における分類

 

 カントは『脳病試論』において,「頭脳の疾患(die Gebrechen des Kopfes)」を以下のように大きく二つに分類し,そのうちの一つをさらに三つに分類している(Vgl.U, 263f.)。

 

1. 白痴(Blödsinnigkeit

2. 狂った精神(das gestörte Gemüth

(1)  精神異常(Verrückung

(2)  狂想(Wahnsinn

(3)  錯乱(Wahnwitz

 

カントは「白痴」と「狂った精神」について論じる前に,「より軽度」の「愚昧(Dummköpfigkeit)」および「まぬけ(Narrheit)」について論じているが(Vgl.U, 260-263),より軽度のものと「いまわしい病気(ekelhafte Krankheiten)」(U, 260)とに二分するこのやり方は,『人間学』において「認識能力における心の弱さ」と「心の病」との二分法に踏襲されている(Vgl. Z, 202)。そして,「愚昧」を「あほう(Tropf)」もしくは「単純(Einfalt)」から区別する際にも,また「まぬけ」を「愚か者(Thor)」から区別する際にも,悟性・判断力・理性など認識諸能力との関係が区別の基準になっているが(Vgl. U, 260),認識諸能力との関係において区別するというやり方は,「白痴」と「狂った精神」との区別においても,「狂った精神」の三分類においても,さらには『人間学』における〈狂気〉の分類においても用いられている。このことは重要である。

市野川容孝は,「カントは一方で,狂気の原因を遺伝という身体的なものに求めていながら,その他方で,狂気の存在を身体を超えた〈ことば〉の位相に求めている。これはある意味で矛盾かもしれないが,しかし,この矛盾にこそ,おそらく狂気という経験の本質があるのだ。」(5)と述べているが,このような理解は必ずしも十分なものとは言えないであろう。たしかに〈狂気〉は言葉の位相における狂いとして顕現するであろうが,カントは言葉の位相における狂いを認識諸能力の狂いとして捉えようとしているのである。そうであるからこそ,カントは首尾一貫して〈狂気〉を認識諸能力との関係において分類しようとしているのである。

 カントの分類をもう少し詳しく見てみよう。「白痴」は,脳の器官が「死滅」しているために起きる「たいていは治療不可能な」「頭脳の麻痺(die Lähmung des Kopfes)」であり,「記憶力,理性,そして一般的に感性的な感覚さえもがはなはだしく無力(Ohnmacht)」な状態に陥っているものであり(U, 263),「頭脳の痙攣(Verzuckungen des Kopfes)」(U, 260)としての「狂った精神」から区別されている。その「狂った精神」は,すでに述べたように,(1)「幻想(Chimären)」を現実の経験であると確信する「経験概念の倒錯」としての「精神異常(Verrückung)」,(2)「悟性の錯乱の第一段階」である,経験における「混乱した判断力」としての「狂想(Wahnsinn)」,(3)「より一般的な判断に関して倒錯してしまった理性」もしくは「無秩序に陥った理性」としての「錯乱(Wahnwitz)」に三分されているが,カントはそれをさらに細区分している(Vgl. U, 264-269)。

(1) 「精神異常」には,空想(Phantasterei),心気症(Hypochondrie),幻視者(Visionär)や夢想家(Schwärmer)の狂信(Fanatismus)が含まれる。(2) 「狂想(Wahnsinn)」には,気鬱症(melanchoria)が含まれる(気鬱症には,生の疾患に関する夢想という意味では精神異常の側面もあるとされている)。(3) 「錯乱(Wahnwitz)」には,経験判断を同時に無視する「気違い(Aberwitz)」,外的感覚に対して無感覚になった「狂乱Unsinnigkeit)」,その狂乱を怒りが支配している「狂暴(Raserei)」,騒々しい激烈さを伴う「躁狂(Tobsucht)」,発狂を伴う躁狂である「癲狂toll)」が含まれる。

 『脳病試論』における〈狂気〉の分類は,下位区分ならびに認識諸能力との関係を含めて図示すれば,以下のようになる。

 

1. 白痴(Blödsinnigkeit………………………………記憶力・理性・感性的感覚

2. 狂った精神(das gestörte Gemüth

(1)  精神異常(Verrückung)…………………………経験概念の倒錯

……空想(Phantasterei),心気症(Hypochondrie),狂信(Fanatismus

(2)  狂想Wahnsinn)…………………………判断力の混乱

……気鬱症(melanchoria

(3)  錯乱(Wahnwitz)……………………倒錯もしくは無秩序に陥った理性

……気違い(Aberwitz),狂乱Unsinnigkeit),狂暴Raserei),躁狂(Tobsucht),癲狂Tollheit

 

   『人間学』における分類……(その1)

 

 『脳病試論』から30数年後に書かれた『人間学』において,カントは再び〈狂気〉の分類を試みている。それは基本的な点では『脳病試論』における分類を踏襲したものであるが,必ずしも一致しているわけではない。ただし,認識諸能力との関係において区分するというやり方はより明示的になっている。『人間学』における〈狂気〉の分類を見てみよう。まず「認識能力の欠陥」を「心の弱さ」と「心の病気」とに区分したあとで,「心の病気」を「鬱病〔心気症〕(Grillenkrankheit [ Hypochondrie ] )と「狂気〔躁病〕(Gemüthsstörung [ Manie ])」とに二分し,後者を認識諸能力との関係において四つに分類している(Z, 202)

 

1. 鬱病〔心気症〕Grillenkrankheit [ Hypochondrie ]

2. 狂気〔躁病〕Gemüthsstörung[ Manie ]

(1)    狂乱Unsinnigkeit,狂想Wahnsinn)〔癲狂Tollheit)〕(6)………感官表象

(2)    錯乱Wahnwitz)……………………………………………………………判断力

(3)    気違いAberwitz)……………………………………………………………理性

(4)    空想病者〔妄想病者〕Phantast [ Grillenfänger ] )〔熱狂病者(Enthusiast)〕(7)……………………………………………………………………………………構想力

 

この分類については,少し注意が要るであろう。ある種の内的な身体感覚から現実に存在しない身体的疾患を想像する「構想力の病」であるという点では空想病者に類似した点があり,「もっとも哀れな空想病者(妄想病者)」(Z, 212)とも言われている鬱病(Grillenkrankheit)は,『脳病試論』では,狂った精神(das gestörte Gemüth)の精神異常(Verrückung)に分類されているが,ここでは狂気(Gemüthsstörung)から除外されている。さらには憂鬱症〔気鬱症〕(Tiefsinnigkeit [melancholia])もまた,『脳病試論』では,狂った精神(das gestörte Gemüth)の狂想(Wahnsinn)に分類されているが,ここでは狂気(Gemüthsstörung)に至る可能性はあるが,狂気(Gemüthsstörung)ではないとされているVgl. Z, 213

 

   『人間学』における分類……(その2)

 

 カントは『脳病試論』を踏襲しているように見える〈狂気〉の区分を示したあとで,困難だと断りながらも,上記の区分とは異なった区分を同時に提示している。そこでは,狂気(Gemüthsstörung)という語ではなく,精神異常(Verrückung)という語が使用されているが,gestört(狂っている)という語はverrückt(精神が異常である)のマイルドな表現であるとカントが主張していることからすればVgl. Z, 213精神異常(Verrückung)と狂気(Gemüthsstörung)とは本質的に同一のものであり,それゆえここでは上記の区分とは異なった〈狂気の〉区分が提示されているのだと考えてよい。ここでの区分を,認識諸能力との関係も含めて図示すれば,以下のようになる。

 

1.騒々しい精神異常tumultuarische Verrückung

狂乱〔無精神〕(Unsinnigkeit [amentia])…………感官表象(8)

2.理路整然とした精神異常(methodische Verrückung

狂想〔精神麻痺〕(Wahnsinn [dementia])…………構想力

錯乱〔精神錯乱〕(Wahnwitz [insania])……………判断力

3.体系的な精神異常(systematische Verrückung

           気違い〔常軌逸脱〕(Aberwitz [vesania])…………理性

 

 カントは〈狂気〉を以上のような三通りの仕方で分類している。それらの分類は,細かい点では異同も多いが,認識諸能力との関係において分類しようとしている点では首尾一貫している。精神医学が近代医学の専門分科の一つとして分化していなかった時代に,カントはそれなりの基準を用いて分類を試みているのであり,その分類が現代の分類の仕方と著しく異なっていたとしても,分類の試み自体は非難されるべきではないであろう。

 

2.〈狂気〉の表象と視点

 

次に,『脳病試論』および『人間学』において,広い意味での〈狂気〉が,(1)どのようなものとして表象されているのか,また,(2)そこにはどのような関心が入り込んでいるのかを明らかにしてみようと思う。

 

 (@)〈不幸な者〉という表象

 

狂気(Gemüthsstörung)あるいは精神異常(Verrückung)に関するカントの言説には,〈不幸(unglücklich)〉〈禍(übel)〉という表象が絶えずつきまとっている(Vgl.U,263f., 268, 271, Z, 203, 217)。狂人あるいは精神異常者は,〈不幸な者〉であり,「憐れむ(bedauren)」(Z, 214Anm)べき存在者であるという表象の仕方は,現代でも一般に流布している表象の仕方である。ただし,『脳病試論』において,癲狂Tollheit)を「いまわしい病気」と表現していることには,注目しておくべきである。「いまわしい」と訳したekelhaftは動詞ekeln(吐き気を催す)から派生した形容詞であり,狂人あるいは精神異常者を自らの下位におく憐れみとは違って,吐き気を催させるものだから忌避したいという忌避的な心的態度が表現されているように思えるからである。

 

 (A)〈危険な者〉という表象

 

カントは『人間学』の中で,狂想〔精神麻痺〕Wahnsinn [dementia]について「他者に危害Gefahrを及ぼさない」のだから「治安のために監禁するsicherheitshalber einschließen(Z, 215必要はないと語っている。このことは,ある種の狂人もしくは精神異常者は,他者および社会にとって「危険(Gefahr)」であるので収容・監禁することによって,社会から排除すべきだということを意味している。狂人もしくは精神異常者は他者および社会にとって〈危険な者〉である,もしくは人々を「不安にさせる(beunruhigen)」(U, 271)存在者であるというこの表象も,先の表象と同様,いまだに一般に根強く流布しているものである。

小俣和一郎は,その著書『精神病院の起源 近代篇』において,中世自治都市における狂人もしくは精神異常者の収容・拘禁施設が精神病院へと変遷していく歴史について紹介している。小俣によれば,実態の不明なライプツィヒの狂人貧民院(Irren-Siechenhaus)〔1212年〕は別として,ハンブルク〔1386年〕,ブラウンシュヴァイク〔1390年あるいは1434年〕,リューベック〔1471年〕には,「都市を取り囲む市壁および城門の外側に隣接して」「木製の檻(狂人檻=NarrenkäfigeあるいはTollkästen)」が設けられていたという。収容・拘禁施設が治療院(Heilanstalt)へと改変されていくのはフランス革命以降のことであり,たとえば,ケーニヒスベルクに比較的近いアレンベルクに治療・療養院が設立されたのは1852年であり,ケーニヒスベルクに大学精神病院が設立されたのは1892年である(9)。すなわち,カントの時代には,狂人もしくは精神異常者を(場合によっては,乞食・浮浪者・犯罪者などとともに)収容・監禁することが一般的であったのだが,そのような歴史的背景の中で,カントは治安のための監禁について語っているのである。

またカントは,狂人もしくは精神異常者の自殺については何も語っていないが,『人間学』のある箇所で,狂気に限りなく近い「気分の突発的な転換(劇的発作 [raptus])」の結果として「自殺」が生じることがあると語っている(Vgl. Z, 213)。この箇所から推察すると,カントは,狂人もしくは精神異常者を,他者および社会に危害を及ぼすだけでなく,自己自身に対しても危害を及ぼす「危険」な存在者であると捉えていたのではないだろうか。

 

(B)見世物(スペクタクル)としての〈狂気〉

 

 また,カントは『人間学』の中で,「癲癇症に似た共感性の狂暴な発作とかは一過性のものだから,まだ精神異常には入らない」と語ったあとで,以下のような注目すべき一文を挿入している。それは,「好奇心(Curiosität)に訴えて,神経がとても繊細な人にこうした不幸な人々の閉じ込められた小部屋(Clausen)を訪れるよう勧めてはいけない」(Z, 203)という一文である。

 時代も場所もまったく異なるが,柴市郎によれば,読売新聞に『人類の最大暗黒界 瘋癲病院』が連載された1903年(明治36年)に,『女学世界』に「精神病院を観る」という記事が発表され,それを皮切りに「いわば〈精神病院参観記〉と総称してもよいジャンル」が形成されていったという(10)医師が「狂人小屋に収容されていた精神病者を観察・分類」した事例は別として(11)18世紀のヨーロッパにおいて,収容・監禁されている狂人もしくは精神異常者を好奇心から見に行くことが一般に広まっていたかどうかは,史実を綿密に調べてみなければ分からない。しかし,この一文は,そうしたことが行われていたことを示唆している。ここにあるのは〈狂気〉の見世物(スペクタクル)化である。

 

 (C)〈治療〉可能かどうかという関心

 

 『脳病試論』および『人間学』において〈狂気〉を分類する際,カントは,それが治療可能なものであるかどうかに関心を示している。『脳病試論』には,白痴(der Blödsinnige)は「大部分は治らない(unheilbar)」(U, 263)とか,「狂気(Störung des Gemüts)は遺伝によるのでさえなければ,幸い回復(Genesung)が見込める」といった一文や,「治療(Cur)」,「疾患を取り除く(das Übel abführen)」(U, 271)といった表現が見られる。また,『人間学』には,狂気〔躁病〕Gemüthsstörung[ Manie ])を「根本的な不治の(unheilbar)無秩序」(Z, 214)と称している箇所や,狂想〔精神麻痺〕(Wahnsinn [dementia])が「治った(geheilt worden sein)という話を一度も聞いたことがない」とか,錯乱(Wahnwitzは「治らないnicht zu heilen sein」(Z, 215)といった表現がある。小俣和一郎によれば,近代啓蒙主義の理念に基づき収容・拘禁施設が治療院(Heilanstalt)へと改変されていくのはフランス革命以降のことであったが,カントのこのような表現は,治療院の設立以前から,さまざまな治療が試みられていたことを示唆している。この治療可能かどうかという関心――それは狂人もしくは精神異常者が「健全な(gesund)」理性的存在者として回復しうるかどうかという関心である――の根底にあるのは,健全な理性をもった存在者(正常な者)とそうでない存在者(異常者)とを峻別する〈まなざし〉である。

この〈まなざし〉は,「行為者の精神状態が狂っていたのか,それとも健全な悟性をもっての決断であったのかが問題である」(Z, 214)というカントの言葉から明らかなように,狂人もしくは精神異常者の行為の帰責性に対する関心に通底する〈まなざし〉でもある。

 

 (D)〈遺伝〉するかどうかという関心

 

  カントはまた,〈狂気〉が遺伝するかどうかにも関心を示している。先に引用した,「狂気(Störung des Gemüts)は,遺伝によるのでさえなければ,幸い回復(Genesung)が見込める」という一文から分かるように,この関心は,〈治療〉可能かどうかという関心と結びついている。しかし,それだけではない。この関心は〈危険〉という表象とも結びついている。カントは,「生殖に際する胚の成長にともなって,精神異常の芽も同時に成長する。つまり,精神異常は遺伝的なものでもある。たった一人でもそうした者[=精神異常者……筆者付加]が現れた家族と結婚することは危険である」(Z, 217)と述べているが,狂人もしくは精神異常者を〈危険な者〉と捉えるだけでなく,〈狂気〉の再生産そのものを危険と捉える〈まなざし〉が,ここにはある。それは,〈危険な者〉を物理的に監禁・排除するだけでなく,存在そのものを否定・排除しようとする〈まなざし〉である。

 

3.〈まなざし〉の二重性と秘匿された〈まなざし〉

 

 上述の〈狂気〉に対する〈まなざし〉は,カントの時代の一般的な〈まなざし〉であっただろうと推測されるが,問題は,〈狂気〉に対する〈まなざし〉をカントも共有していることである。カントが同時代人と同じような〈狂気〉に対する通俗的な〈まなざし〉の持ち主であったことが問題だというのではない。その〈まなざし〉が,批判哲学の方法論に関係しているから問題なのである。このことについて最後に述べてみようと思う。

 カントは,人間を「理性能力を賦与された動物[理性的でありうる動物]( mit Vernunftfähigkeit begabtes Thier [ animal rationabile ] ) 」(Z, 321)と規定し,その著作のいたるところで人間理性について語っている。それは,しばしば(有限的な)理性的存在者とも言い換えられるが,そうした理性的存在者とは,どのような存在者のことなのであろうか。

 理性の自己批判としてのカント批判哲学の方法は,個別的な哲学的批判理性(=哲学者カント)が人間理性一般を批判するというところにある(12)。このことが成立するためには,自己以外にも理性的存在者が存在し,自己の理性と他の理性的存在者の理性とが構造の面でも同一であり基本的な能力の面でも同質であり,それゆえ人間理性一般という形で一般化しうるということが前提となっていなければならない。そのような同質化・一般化は,以下のような論理に基づいている。思惟の純粋な自己活動を知的に直接的に意識し,またそれに即して同時に自己の叡智的存在を「何か実在的なもの」として知的に直接的に意識しているIntelligenzとしての哲学的批判理性は,自己の叡智的存在の現実性の知的意識を,自己を超えて(über),経験的実在性(現実性)を有する「他の物」に「転移(Übertragung)」(A347=B405)することによって他我を一方的に承認するとともに,「類比(Analogie)」(X, 57)によって,自己における理論理性と実践理性との理性としての同一性が他我の側においても成立していると承認する。このような「転移」と「類比」によって同質化・一般化は成立している(13)この論理に潜んでいるのは,人間理性の同質性への〈まなざし〉である。たとえば,「ごく普通の悟性(der gemeinste Verstand)」あるいは「ごく普通の理性(die gemeinste Vernunft)」にすら理解可能であるといった類の表現をカントはしばしば用いているが(Vgl. A357, B612, W450, X27, 70, 92 , 442, 448),このような表現は,同質性への〈まなざし〉を内に含んだ表現である。カントの批判哲学において主題化されている理性的存在者とは,このような同質性への〈まなざし〉でもって見られたかぎりでの理性的存在者なのである。

 理性の自己批判としての批判哲学には,その方法のゆえに必然的に,同質性への〈まなざし〉とは異なったもう一つの〈まなざし〉,すなわち異質性への〈まなざし〉が密かに付きまとっている。同質性への〈まなざし〉で理性的存在者を見るとき,狂人もしくは精神異常者は,異質な理性的存在者として,その〈まなざし〉から密かに排除されている。「転移」の射程は,闇にまでは決して届くことはないのである。批判哲学では表立って主題化されることがない排除された者への〈まなざし〉が,異質性への〈まなざし〉である。すなわち,同質性への〈まなざし〉は,それだけで存在するのではなく,実は,異質性への〈まなざし〉と表裏一体の,二重の〈まなざし〉なのである。

 Kritik(=批判)という語は,ギリシャ語κρινω(=分ける)に由来するが,カントの批判哲学には同質性と異質性とを峻別する〈まなざし〉が存在する。それ自体は問題ではないかもしれないが,批判哲学の方法に淵源をもつこの〈まなざし〉が,同時に規範的な〈まなざし〉となっていることが,カントの倫理学にとって致命的な問題となっているのである。カントの批判哲学は,哲学的批判理性が自己の理性と他の理性的存在者の理性とを,単に同質的な理性であると捉えるのではなく,そこに密かに価値判断を挿入して,自己の理性と他の理性的存在者の理性とを「健全な理性(die gesunde Vernunft)」として同質であると捉えるところに成立している。同質性への〈まなざし〉は,密かに,健全性(あるいは正常性)への〈まなざし〉に変質し,それと同時に,異質性への〈まなざし〉は不健全性(あるいは異常性)への〈まなざし〉に変質してしまっている。

 ここには,等しく理性能力を賦与されているにもかかわらず,「理性能力を賦与された動物[理性的でありうる動物]」としての人間を,正常な健全な理性的存在者と異常な不健全な理性的存在者とに差異化(=差別化する)〈まなざし〉が成立している。この〈まなざし〉のもとで,狂人もしくは精神異常者は,上記のような存在者として表象されているのである。「[精神が]乱された者(der Gestörte)」すなわち狂人もしくは精神異常者は,「癲狂院(Narrenhospital)」に入れられ,「瑣末な生活上の用事に関してさえ他人の理性によって秩序を維持してもらわねばならない」(Z, 202……傍点筆者)と,カントは述べている。狂人もしくは精神異常者は,理性能力を賦与されているかぎり(人間以外の動物のように)「意のままに処分できる」「物件」ではないが,理性能力を賦与されていながらも「障害[欠陥](Gebrechen)」のために自らの理性能力を行使しえない非自律的な(=他律的な)存在者であると捉えられている。このことは,狂人もしくは精神異常者が,自律としての自由によって基礎づけられた道徳的共同体としての「諸目的の国」から排除されていることを意味している。

 同質性への〈まなざし〉を方法論的な前提とする,カントの一見うるわしく見える道徳論の基底には,実は,暴力的・反道徳的と評されても仕方がないような規範的な〈まなざし〉が前提として秘匿されている。いや,それどころか,道徳律の普遍妥当性を自ら破壊・解体するような規範的な〈まなざし〉が前提として秘匿されている。しかし,どういうわけか,批判的道徳論を自己破壊・自己解体の危機(Krisis)におとしめる,この危機的な(kritisch)反道徳的な〈まなざし〉に,カント研究者はこれまで触れようとはしなかったように思う。カント哲学の方法論の基底に潜むこの〈まなざし〉こそ,脱構築されなければならないはずなのに……。

 

(1) カントの著作からの引用はアカデミー版カント全集による。巻数をローマ数字で,頁数をアラビア数字で文中に表記した。

(2) たとえば,哲学文庫(Philosophische Bibliothek)版の『実践理性批判』の編集者であるK・フォアレンダーは,当該文章の後半部分(Der bestirnte Himmel über mir und das moralische Gesetz in mir.)が墓碑に記されていると紹介している。Vgl. I.Kant, Kritik der praktischen Vernunft, S. XLI, Philosophische Bibliothek 38, Felix Meiner Verlag.また,U・シュルツは,そのカント伝の中で墓碑の写真を掲載しているが,そこに見られるのは,当該文章全体である。Vgl. Uwe Schultz, Kant, Rowohlt, 1965, S.43(U・シュルツ『カント』,坂部恵訳,理想社,1982年,41頁)。しかし,フリッツ・ガウゼの『カントとケーニヒスベルク』では,これと全く同じ写真が,ケーニヒスベルクの城壁のカント記念碑であると紹介されている。フリッツ・ガウゼ『カントとケーニヒスベルク』(竹内昭訳,梓出版社,1984年)の画像番号56を参照されたい。

(3)  本論文では,広い意味での狂気もしくは精神異常を,カントによって区分された術語としての「狂気(Gemüthsstörung)」と区別するために,〈狂気〉と表記する。本論文には白痴・狂気・癲狂など〈狂気〉に関する表現が多数登場するが,訳語では区別が困難であるため原語をいちいち挿入した。これらの表現を差別的な意味合いで使用したものではないことは,本論文の結論から明らかであると思うが,ついでながら明記しておきたい。

(4) 本論文は,日本ディルタイ協会関西研究大会のシンポジウムでの発表論文「カントの賞味期限――倫理学の行方――」(『ディルタイ研究 第17号』所収,日本ディルタイ協会,2006年11月)と同一の問題意識が執筆の直接のきっかけとなっているが,10年ほど前に読んだ以下の二つの論文に教えられたおかげで書くことができたと思う。ここに記して謝意を表したい。市野川容孝「死への自由?メディカル・リベラリズム批判」(『現代思想1994年4月号』所収,308-329頁,青土社),柴市郎「〈狂気〉をめぐる言説――〈精神病者監護法〉の時代」(小森陽一,紅野謙介,高橋修ほか著『メディア・表象・イデオロギー』所収,98-126頁,1997年,小沢書店)

(5)  市野川容孝,前掲論文,316頁

(6) カントによって「感官表象に関する狂気は,狂乱か狂想である」と二分されているが,「激情を伴う狂想(Wahnsinn mit Affect)が癲狂である」というカントの説明に基づき,表では癲狂を狂想の一種として付記しておいた。

(7) 「激情を伴う」空想病者が熱狂病者であるというカントの説明に基づき,表では熱狂病者を空想病者の一種として付記しておいた。

(8) 先の区分では,狂乱は感官表象に関する狂気と説明されているが,ここでは「自らの表象を,経験が可能であるために必要な連関にすらもたらすことができない」ことと説明されており,感官表象そのものに問題があるのかどうかは必ずしも明確ではない。

(9)  小俣和一郎『精神病院の起源 近代篇』(太田出版,2000年),113-133頁。

(10)  柴市郎「〈狂気〉をめぐる言説――〈精神病者監護法〉の時代」,116-119頁。

(11)  小俣和一郎,前掲書,140頁。

(12) 理性の自己批判という性格をもつカントの批判哲学が,方法論的に独我論的な性格もしくはモノローグ的な性格をもつことについては,前掲の拙稿「カントの賞味期限――倫理学の行方――」を参照されたい。

(13) このことについては,拙著『カント哲学の思惟構造』(ナカニシヤ出版,2002年),53-54頁,111-112頁を参照されたい。