人口政策確立要綱の決定

 我が國人口現象の最近の趨勢は特に東共榮圏建設の歴史的大使命に鑑みて根本的且つ永的なる人口政策確立を必要とすること久しく識者の要望するところであったが、昭和十六年一月二十二日の閣議は遂に待望の人口政策確立要綱を決定するに到った。決定要綱竝に之に關する厚生大臣談話を掲ぐれば次の如くである。

人口政策確立要綱(昭和十六、一、二二閣議決定)

第一 趣旨

 東亞共榮圏を建設して其の悠久にして健全なる發展をるは皇國の使命なり、之が達成の爲には人口政策を確立して我國人口の急激にして且つ永續的なる發展増殖と其の資質の飛躍的なる向上とを圖ると共に東亞に於ける指導力を確保する爲其の配置を適正にすること特に喫緊の要務なり

第二 目標

 右の趣旨に基き我國の人口政策は内地人人口に就きては左の目標を達成することを旨とし差當り昭和三十五年総人口一億を目標とす、外地人人口に就きては別途之を定む

一、人口の永遠の發展性を確保すること

二、増殖力及資質に於て他國を凌駕するものとすること、

三、高度國防國家に於ける兵力及労力の必要を確保すること

四、東亞諸民族に對する指導力を確保する爲其の適正なる配置をなすこと

第三

右の目的を達成する爲採るべき方策は左の精神を確立することを旨とし之を基本として計

一、永遠に發展すべき民族たることを自すること

二、個人を基礎とする世界を排して家と民族とを基礎とする世界觀の確立、徹底を圖ること

三、東亞共榮圏の確立、發展の指導者たるの衿恃と責務とを自覺すること

四、皇國の使命達成は内地人人口の量的及質的の飛躍的發展を基本條件とするの認識を徹底すること

第四 人口増加の方策

人口の増加は氷遠の發展を確保する爲出生の増加を基調とするものとし併せて死亡の減少を圖るものとす

一、出生増加の方策

出生の増加は今後の十年間に婚姻年を現在に比し概ね三年早むると共に一夫婦の出生平均五に達することを目標として計畫す

之が爲探るべき方策概ね左の如し

(イ)人口増殖の基本的前提として不健全なる思想の排除に努むると共に健全なる家族制度の維持強化を圖ること

(ロ)団體又は公の機等をして積極的に結婚の紹介、斡旋、指導をなさしむること

(ハ)緒婚費用の徹底的減を圖ると共に、婚資貸付制度を創設すること、

(ニ)現行學校制度の改革に就きては特に人口政策との關係を考慮すること

(ホ)高等女學校及女子青年學校に於ては母性の國家的使命を認識せしめ保育及保健の知識、技術に關する教育を強化徹底して健全なる母性の育成に努むることを旨とすること

(へ)女子の被傭者としての就業に就きては二十歳を超ゆる者の就業を可成抑制する方針を採ると共に婚姻を阻害するが如き雇傭及就業條件を緩和又は改善せしむる如く措置すること

(ト)扶養家族多き者の負擔を輕減すると共に独身者の負擔を加重する等租税政策に就き人口政策との關係を考慮すること

(チ)家族の醫療費、教育費其の他の扶養費の負擔輕減を目的とする家族手制度を確立すること

之が為家族負擔調整金庫制度(假稱)の創設等を考慮すること

(リ)多子家族に對し物資の優先配給、表彰、其の他各種の適切なる優遇の方法を講ずること

(ヌ)妊産婦乳幼兒等の保護に關する制度を樹立し産院及乳兒院の擴充、出産用衛生資材の配給確保、其他之に必要なる諸方策を講ずること

(ル)避妊、堕胎等の人爲的産兒制限を禁止防すると共に、花柳病の絶滅を期すること

二、死亡減少の方策

死亡減少の方策は當面の目標を乳幼兒死亡率の改善と結核の豫防とに置き一般死亡率を現在に比し二十年間に概ね三割五分低下することを目標として計畫す此の目的達成の爲採るべき方策概ね次の如し

(イ)保健所を中心とする保健指導網を確立すること

(ロ)乳幼兒死亡率低下の中心目標を下痢腸炎、肺炎及先天性弱質に依る死亡の減少に置き、之が爲都市農村を通じ母性及乳幼兒の保護指導を目的とする保健婦を置くと共に保育所の設置、農村隣保施設の擴充、乳幼兒必需品の確保、育兒知識の普及を圖り併せて乳幼兒死亡低下の運動を行ふこと

(ハ)結核の早期發見に努め産業衛生竝に學校衛生の改善、豫防竝に早期治療に關する指導保護の強化、療養施設の擴充等をなすと共に各連絡調整の機構を整備して結核對策の確立徹底を期すること

(ニ)健康保檢制度を擴充強化して之を全國民に及ぼすと共に醫療給付の外豫防に必要なる諸般の給付をなさしむること

(ホ)環境衛生施設の改善、特に庶民住宅の改善を圖ること

(へ)過勞の防止を圖る爲國民生活を刷新して充分なる休養を採り得る如くすること

(ト)國民榮養の改善を圖る爲榮養知識の普及徹底を圖ると共に、榮養食の普及、團體給食の擴充をなすこと

(チ)醫育機關竝に醫療及豫防施設の擴充をなすと共に醫育を刷新し豫防醫學の研究及普及を圖ること

第五 資質増強の方策

資質の増強は國防及勤勞に必要なる精神的及肉體的の素質の増強を目標として計畫す

(イ)國土計畫の遂行により人口の構成及分布の合理化を圖ること、特に大都市を疎開し人口の分散を圖ること

之が爲工場、學校等は極力之を地方に分散せしむる如く措置するものとす

(ロ)農村が最も優秀なる兵力及勞力の供給源たる現状に鑑み、内地農業人口の一定數の維持を圖ると共に日滿支を通じ内地人人口の四割は之を農業に確保する如く措置すること

(ハ)學校に於ける青少年の精神的及肉體的錬成を圖ることを目的として、教科の刷新を行ひ訓錬を強化し、教育及訓錬方法を改革すると共に體育施設の擴充をなすこと

(ニ)都市人口激増の現状に鑑み特に都市に於ける青少年の心身の錬成を強化して之をして優秀なる兵力及勞力の供給源たらしむること

(ホ)青年男子の心身鍛錬の爲一定期間義務的に特別の團體訓錬を受けしむる制度を創設すること

(ヘ)各種厚生體育施設を大量に増加すると共に健全簡素なる國民生活様式を確立すること

(ト)優生思想の普及を圖り、國民優生法の強化徹底を期すること

第六 資料の整備

一、人口動態及静態に關する統計を整備改善すること

二、國民體力法の適用範圍を擴張し其の内容を充實すると共に其の他の體力及保健に關する資料を整備充實すること

第七 機構の整備

一、人口問題に關する統計、調査、研究の機構を整備充實すること

二、人口政策の企畫、促進及實地の機構を整備充實すること

厚生大臣談話

 皇國の大使命たる東亞共榮圏を確立し之が存續に微動だも容さざらしむる爲には、其の中心であり指導者である所の吾が國が、質に於て優秀、母に於て多數の人口を有せねばならぬ。此のことは今次州動の主流を爲す所の各國の情勢に鑑みても痛感せられるのである。本日閣議に於て人口の速なる増強を圖るため人口政策確立要綱の決定を見たことは、誠に慶賀に堪へない次第である。

 人口増殖は、先づ出生の増加を基調とすべきで、出生率を減退せしめる有らゆる精神的物質的原因を除去せねばならぬが、苟も個人主義的の功利思想や頽廃的享楽觀が幾らかでも原因を爲すやうな事があっては由々しき大事であるから、此の如き思想をば極力之を排除して、家を基とし、民族の發展を期する所の雄大なる思想を確立することが肝要である。次に出生の増加と相竝んで死亡の減少に力を注がねばならぬが、現在吾が國の死亡率が、他の文明國に比して比較的高位にあることは洵に遺憾である。之に就いては、重を乳幼兒保育の改善と結核の予防とに置いて、極力死亡率の低下を圖らねばならぬ。

 凡そ國民の精神的及肉體的増強を圖ることは國力の根基に培う所以であるから人口増殖方策と併せて、國民錬成の為の厚生諸施策を講ずることも亦、正に喫緊の要務である。

 本日恒久的人口政策が確立されたのであるが、今後は着々之を實施に移すことが肝要である。厚生省としては、特に其の責任の大部分を負するの感を深うする。人口増強の問題は、國防力及生産力擴充の上から重大問題であるばかりでなく、國家の将来に對して永遠に運命を支配する所の大問題であるから、政府は今後各省一體となって本國策の遂行に万全を期するは勿論であるが、全國民も亦十分の其の重要性を理解して、民族永遠の發展に協力せられんことを切望する次第である。

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