精子・卵子・受精卵の凍結保存に関する年表

この年表は、草野いずみ作成「生殖技術関係年表」(『ア・ブ・ナ・イ生殖革命』、有斐閣選書)をもとにして、新聞記事などにより作成した。1990年以降は、現在作成中である。

1983.05.00 オーストラリアで凍結受精卵を用いた体外受精成功。
1984.06.18 飛行機事故で死亡した資産家夫妻がオーストラリアの病院に残した体外受精の凍結受精卵の処置と相続権について英国紙が報道し、話題になる。
読売6月18日
1985.12.20 オーストラリアで、冷凍卵子による体外受精、妊娠に成功。冷凍受精卵の体外受精、出産の例はあるが、冷凍卵子による妊娠は世界初。
日経12月20日
1986.07.15 オーストラリアで、冷凍卵子の体外受精による世界で初めての出産。子どもは男女の双子。
朝日7月15日
1986.09.10 アメリカ不妊学会が新しい不妊治療についての初の指針を発表。人工授精や体外受精を倫理的にも許容できると認定する一方、代理母や受精卵の冷凍、産み分けなどについては試験実施に限定することを勧告。
毎日9月10日
1987.04.05 京都大医学部産婦人科の調査では、これまで全国で体外受精による妊娠が142例、47人が誕生していると、森崇英教授が日本医学会総会で発表。同教授はまた体外受精に凍結受精卵の使用を認めるよう倫理基準の検討が必要であると述べる。
毎日4月5日
1987.09.11 アメリカの南カリフォルニア大学で、冷凍受精卵を使った体外授精で世界初の三つ子を妊娠。
朝日9月11日
1987.12.04 資産蒙の両親の死亡によりオーストラリアの病院に冷凍保存されたままになっていた受精卵に相続権はないとの裁判所の決定が下り、受精卵は人工授精機関に提供されることになる。
毎日12月4日
1988.02.00 日本産科婦人科学会が「ヒト胚および卵の凍結保存と移植に関する見解」を診断・研究に関する倫理委員会の答申を承認して決定。
1988.03.07 冷凍受精卵を用いた不妊治療の実施の問題について国会でも取り上げられる。上田哲衆議院議員(社会)が安全性や国民の論議の必要性について質問。
朝日3月7日
1988.04.30 シンガポール政府が、世界初の卵子銀行の設立の準備を進める。女性が出産の時期を安全かつ自由に選べるように、依頼者の卵子を凍結保存し、希望する時期に解凍、人工授精して本人の子宮に戻すというもの。
毎日4月30日
1988.05.18 新潟大医学部倫理委員会は、同大医学部産婦人科学教室から不妊治療法としての申請のあった凍結受精卵を用いた体外受精について、母体に移植することを条件に、臨床応用を認めることを決める。医療機関が凍結受精卵を用いる体外受精を正式に承認したのはこれが初めて。
毎日5月18日
1988.05.31 政府は凍結受精卵の臨床応用についての見解を求めた社会党議員の質問に対し、妊娠率の向上や患者の身体的負担の軽減を理由に受精卵の凍結保存法を積極的に評価する見解を表明。慎重な対応が望ましいとしたものの、立法措置は不要との考えを明らかにする。
日経5月31日
1988.06.18 新潟大医学部産婦人科学教室が凍結受精卵の臨床応用に関する実施規則(マニュアル)の骨子を固める。凍結保存期間を1年以内とする、保存にあたり患者と医者の契約にあたる合意書を交わすなどの内容。
産経6月18日
1988.07.09 福井市の福井赤十字病院の倫理委員会が民間医療機関としては初めて、同病院産婦人科から申請されていた凍結受精卵の臨床応用を認めることを決める。凍結受精卵の保存期間限度を3年とするなどの独自の指針も公表。
毎日7月9日
1988.07.17 新潟大医学部産婦人科学教室が、不妊症の夫婦と凍結受精卵の臨床応用に関する合意書を取り交わし、日本で初めて体外受精卵の凍結保存を開始。
毎日7月17日
1988.12.16 山形大医学部が、凍結受精卵を母体に戻す不妊治療をすでに開始していることが明らかになる。凍結受精卵を用いた体外受精の臨床応用は日本で初めて。まだ妊娠例はない。
読売12月16日
1988.12.25 京都大医学部倫理委員会は、凍結受精卵を用いた体外受精の臨床応用を承認し、その対象を内縁関係の夫婦や日本国籍を持たない人にも広げることを認めた。
京都12月25日
1989.02.19 日本産科婦人科学会は、京都大医学部倫理委員会から出されていた、凍結受精卵の臨床応用を内縁夫婦と在日外国人にも認めてほしいとの申請に対し、法律上の夫婦に限定している学会見解は変更しないが、同大学の要請に限り、これを認めることを決めた。
読売2月19日(大阪)
1989.03.25 アメリカ・テネシー州の病院で凍結受精卵による体外受精を受け成功しないまま離婚する夫婦が、受精卵の所有権をめぐる裁判を起こす。
読売3月25日・関連記事朝日8月16日
1989.07.13 東京歯科大市川総合病院と慶応大医学部のグループが、凍結受精卵を用いた体外受精で、日本で初めての妊娠に成功と発表。胎児は双子で妊娠4カ月。
朝日7月13日
1989.09.22 アメリカ・テネシー州で、体外受精による凍結受精卵の所有を離婚する夫婦が争う裁判で、郡裁判所は受精卵は生命であるとし、妻側に産み育てる権利を認める判決を下した。
朝日9月22日
1989.12.25 東京医科歯科大病院の大野院長(産婦人科)らのグループは、慶応大医学部の飯塚理八教授らと協力し、冷凍受精卵を用いて妊娠・出産させることに国内で初めて成功した。不妊症治療のため、母親の体から12個の卵子を採取し、うち5個を夫の精子で体外受精させて子宮に戻したが、妊娠しなかった。そこで、零下196度の液体窒素で凍結保存してあった4個の受精卵を解凍。正常に育ち始めた2個を妊娠の確率を高めるために子宮に戻した。同病院ではこれまでに14人の母親から卵を採取、体外受精の後に凍結保存していた。このうち10人に解凍した受精卵を戻し、2人が妊娠したが、もう一人は流産し出産には至らなかった。世界ではこの方法ですでに80人以上が産まれている。
朝日12月26日
1990.02.26 山形大医学部付属病院で、凍結受精卵による男児出産。国内で2例目。母親は22歳で結婚してから5年間子どもができず、卵管閉塞と診断される。1983年以来、同大学で体外受精による妊娠を試みていた。1989年2月、母親から7個の卵子を採取しうち6個を体外受精させ、4個を子宮に戻したが妊娠せず。凍結保存していた2個の受精卵を解凍後子宮に戻し、うち1個が着床した。
朝日2月27日
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   

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