競争政策 part 1

・不完全競争と競争政策

市場の効率性は完全競争において実現されます。しかし、完全競争は理論上の仮説です。現実は完全競争の世界ではありません。すなわち、不完全競争の世界です。それでは、不完全競争にはどのような問題点があるのでしょうか。そして、それに対する政策的な課題、すなわち競争政策の課題とは何でしょうか。それが以下のポイントです。

・完全競争と不完全競争

 不完全競争とは、端的には完全競争の条件が満たされない市場のことです。そこで、完全競争の条件を復習しておきましょう。すなわち、完全競争とは、

 1)きわめて多数の売り手と買い手が存在し(売り手・買い手の多数性)、

2)個々の市場参加者の取引量が市場全体の取引量に比べてごく僅かであるために、市場価格に影響を及ぼすことがなく(価格の所与性、プライス・テイカー)、

3)市場参加者は完全な市場情報、商品知識を持っており(完全知識)、

4)売買される財はまったく同質であり、製品差別化が存在せず(同質性)、

5)生産要素は無限に分割可能であり、その流動性も完全であり、市場への参入も自由である(自由参入)、という市場のことです。


このような市場の非現実性についてはすでに述べました。つまり現実は、こうした条件が満たされないような不完全競争であるということです。したがって、現実経済を分析し、政策問題を考えようとする観点からは、不完全競争こそ、最も重要な分析対象であるといえるでしょう。上記の条件が満たされないケースを順番に考えてみましょう。

1)売り手あるいは買い手の数が多くない、あるいは比較的少数である場合。このようなケースには、売り手が1社のみの独占市場から、2社の場合の複占市場、さらに比較的少数の企業からなる寡占市場などが考えられます。→ 独占市場、寡占市場の存在

2)市場参加者の取引量が市場全体に比べて大きいため、その市場参加者の行動が市場価格に少なからず影響を及ぼすような場合。このケースは、前者の場合と関連しますが、市場全体に一定の影響を及ぼすことを意図した行動がとられることが多く、市場において支配的な地位を占める企業が存在する場合です。→支配的大企業の存在、独占的行為の可能性

3)市場の動向や消費者の選好、すべての商品などについて完全な情報や知識をもっていない場合。こうしたケースが現実であることはいうまでもありません。人間の能力の限界を前提にする以上、不完全情報や不完全知識の状態を前提に考えることが必要です。→情報操作の可能性、消費者の購買行動に対する偏った情報の可能性

4)市場の供給される財・サービスに製品差別化が存在する場合。これもまた、現実的にはまったく同質な財・サービスなど存在しませんから、実際には相対的な観点から、同質的な場合と非同質的な(製品差別的な)場合を区別することが重要です。この点については製品差別化の定義を考えればわかります。 →過剰な広告・宣伝活動の可能性

5)生産要素を分割することが困難な場合や、市場への参入が困難な場合。このケースは、大規模な生産設備が必要な産業や、事業を興すためには莫大な資金や特別な技術などが必要な産業で、そのような産業への参入はかなり難しいのが現実です。→参入障壁に基づく競争制限的行為の可能性

・不完全競争下の資源配分

 不完全競争による資源配分上の諸問題は、完全競争と比較した独占市場の状況を理解することで、最も明確にすることができます。需要曲線と費用曲線を用いた単純な図式による説明はテキストに示されていますので、ここでは、独占によって示される不完全競争の問題点を列挙しておきましょう。

 1)資源配分非効率あるいは社会的な厚生損失の発生

 余剰分析の観点からは、消費者余剰の一部が生産者余剰に移転するものの、消費者にも生産者にも配分されない余剰部分が発生します。その意味で、これは「死重損失(dead-weight loss)」と呼ばれます。これが資源配分上の社会的な損失といえます。

 2)X非効率の発生

 不完全競争市場においては、企業に対する競争圧力が弱いために、競争の激しい場合に見られるような価格や費用を削減する努力が低下し、また企業組織内にさまざまなムダを発生させる可能性があります。このような競争圧力の低下による企業組織内の非効率によって生じる費用の上昇分を、X非効率と呼びます。それまでの経済分析では、完全競争も独占企業も同一の費用曲線を想定した分析が行われてきましたが、ライベンシュタイン(H.Leibenstein)は、競争圧力の程度が費用水準に与える影響を考慮して、不完全競争下に発生するもう一つの非効率を、X非効率と名づけました。今日では広範に共有された重要な分析概念として定着しており、とりわけ公的規制下の企業を分析する際には不可欠の概念といえます。

 3)レント・シーキング活動による非効率の発生

 独占市場における企業は独占利潤を獲得しますが、その独占利潤で示される生産者余剰を消費者余剰と同様に考えることはできません。その独占利潤としての生産者余剰が社会的に有用なものであるかは、実際には大いに疑わしいといえます。とくに独占的な地位を占めている企業には、その地位を獲得・維持するために過剰な生産設備への投資や研究開発投資が行われたり、過大な広告宣伝活動によって、生産者余剰が社会的な意味で浪費されてしまったりする可能性があります。さらに業界保護を求めて政治家や監督官庁に対して政治献金や選挙支援、接待や天下りの受け入れなど、反社会的な活動に費やされる場合も考えられます。このような支配的地位の獲得・維持のために費やされる社会的な損失を、レント・シーキング(rent-seeking)といいます。


・競争の機能

以上のような社会的損失は、静態的な資源配分上の損失ですが、競争が欠如することによる損失には、もっと重要な意味が含まれています。ここでは、競争が持っている基本的な機能を上げておきましょう。それはまた、自由で公正な競争を確保することの重要性を示すものでもあります。

1)効率的資源配分機能(既述)

2)技術革新の誘因機能
 競争は一面では勝者と敗者を決める生存競争としての側面を持っています。あるいは適者生存、弱肉強食の世界に例えられたりします。市場に勝ち残るためには、消費者のニーズに応えるために、新技術や新製品・新サービスの開発をめぐって活発な競争が展開されることになります。競争過程には、こうした技術革新を誘引する機能が備わっているといえます。

3)知識・情報の発見拡散機能
 競争のプロセスは、多様な参加者の生産・販売活動や情報発信活動を通じて、さまざまな知識や情報が社会的に発見・拡散されていくプロセスでもあります。こうした特質は競争そのものが内在する有用な機能といえます。

4) チェック・アンド・バランス機能(経済的民主主義機能) 
 競争は、経済力が一定の企業に集中することを阻止したり、過大な支配力の存続を困難にしたりする機能でもあります。このような恣意的な支配力の増大を制限する機能は、政治的な民主主義に対応した経済的な民主主義を確保するための機能といえます。

・競争の機能には、以上のような点を指摘することができます。これらはいわば競争のメリットです。ところで、競争には  メリットしかないのでしょうか。デメリットはないのでしょうか。競争は市場経済における調整手段の一つです。手段そ  れ自体には良いも悪いもありません。したがって、競争にデメリットはありません。講義時に行った競争のデメリットに  関するアンケートと、それに対するコメントをご覧下さい。


・日本の独占禁止政策

 自由で公正な競争を確保するための政策は、一般に競争政策と呼ばれています。わが国では独占禁止政策が競争政策の中心的役割を担っています。その独占禁止政策に法的根拠を提供しているのが、戦後(19474月)に制定された独占禁止法(正確には、「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律」という)です。その第1条に、この法律の目的が明記されています。

「この法律は、私的独占、不当な取引制限及び不公正な取引方法を禁止し、事業支配力の過度の集中を防止して、結合、協定等の方法による生産、販売、価格、技術等の不当な制限その他一切の事業活動の不当な拘束を排除することによって、公正且つ自由な競争を促進し、事業者の創意を発揮させ、事業活動を盛んにし、雇傭及び国民実所得の水準を高め、以って、一般消費者の利益を確保するとともに、国民経済の民主的で健全な発達を促進することを目的とする」

公正・自由な競争の促進→一般消費者の利益の確保→国民経済の民主的で健全な発達

・独禁法の3本柱

 1.私的独占の禁止(事業支配や排除による競争制限の禁止)

 2.不当な取引制限の禁止(カルテルの禁止:競争を制限する企業間の協定の禁止)

 3.不公正な取引方法の禁止(公正な競争を阻害する恐れのある行為の禁止)
  @競争者による共同の取引拒絶、Aそれ以外の取引拒絶、B不当な価格差別、C価格以外の取引条件の不当な差別、
  D事業者団体などにおける差別的取扱い、E不当廉売、F不当な高価購入、G欺瞞的顧客誘因、
  H不当な利益による顧客誘因、I不当な抱合せ販売などの取引制限、J不当な排他条件付的取引、
  K再販売価格の拘束、L不当な拘束条件付取引、M優越的地位の濫用、N競争者に対する不当な取引妨害、
  O競争者に対する内部干渉

・不公正な取引方法の禁止に関連する補完的法律

「下請代金支払遅延等防止法」

「不当景品類及び不当表示防止法」

カルテルなどに対する主要国の制裁措置と減免制度

企業 個人 制裁減免制度の有無
日本 5億円以下の罰金
売上高の原則6%の課徴金
500万円以下の罰金 ×
米国 1000万ドル以下の罰金 35万ドル以下の罰金
カナダ

1000万カナダドル以下の罰金 

1000万カナダドル以下の罰金
英国 売上高の10%以下の制裁金 ――
フランス 売上高の10%以下の制裁金 ――
ドイツ 50万ユーロ以下か違反行為による
超過売上高の
3倍以下の過料
50万ユーロ以下か違反行為による
超過売上高の
3倍以下の過料
EU 100万ユーロか
売上高の
10以下の制裁金
――
韓国 2億ウォン以下の罰金
売上高の一定割合以内の
課徴金
2億ウォン以下の罰金


・独占禁止法は、市場経済社会の基本法であり、「経済憲法」とも呼ばれます。ほとんどの先進諸国で整備されているように、経済社会の根幹をなすものといえるでしょう。しかし、わが国の独禁法も制定以来何度かの改正を重ねてきたように、時代状況や環境の変化に応じて、この法律の枠組みや運用のあり方なども変えていく必要があるでしょう。とりわけ、市場化の国際的な広がりや情報化の進展、さらに規制緩和の動向などを考慮すれば、市場経済の枠組みを規定する独占禁止法の役割、したがって競争政策の役割は、今後一層の重要性を帯びることになることはいうまでもありません。


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