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1.不景気とは? 図に示したように、総供給を上回る総需要の発生は、一般的に好況期に見られる現象で、行き過ぎるとインフレを引き起こすことになります。逆に、総供給を下回る総需要の発生は、一般的に不況に見られる現象で、遊休設備の発生、労働力の過剰、すなわち失業が発生することになります。 3.豊かな国のデフレと貧しい国のインフレ ![]() 先進諸国は、一般的に高い生産能力を保有しているため、総需要の減退が生じると需要不足による不況、デフレ・ギャップ、失業問題が顕在化しやすい傾向を持っています。豊かな国々は、需要の飽和によって停滞した経済に転換する危険性を持っているということです。他方、発展途上国では、一般的に生産能力が不十分なため、国内の需要をすべて充足することができず、供給不足、相対的な需要過剰によって、インフレを引き起こす危険性を持っています。 総供給に対する総需要の調整は、需要不足経済では需要拡大政策、需要過剰経済では需要抑制政策が必要になりますが、後者のケースは、生産能力の絶対的な不足による需給のアンバランスであることから、総需要の引き下げではなく、生産能力の拡大策が重要であることはいうまでもありません。 4.総供給と総需要の中身 国内に供給される財・サービスは、国内で生産されるものと輸入からなります。国内生産の水準は、すでに述べたように国内にある資本、労働、土地、技術などの生産能力を規定する生産要素によって決まってきます。
他方、総需要を構成する項目は、一般家計を中心とする消費、企業を中心とする投資、政府による政府支出、そして海外需要である輸出からなります。これらの需要項目の拡大・縮小を狙った政策が、総需要管理政策と呼ばれます。いわゆるデフレ不況とは、図にあるように需要項目のいずれか、あるいはすべてが総供給に対して過少であるために生じることになります。 5.不況の意味 不況とは、総供給に対する総需要の不足によって発生します。そのことは、稼動しない機械・設備、利用されない土地、活用されない労働力が発生することを意味します。つまり、貴重な経済的資源が無駄になっている状態です。特に重要な問題は、活用されない労働資源=失業の発生です。稼動しない機械・設備や利用されない土地は、そのことを悔しいと思って嘆いたりはしませんが、使われない労働者は生活の糧を得る機会が喪失することを意味します。不況の最も重要な意味とは、失業の発生によって人間の生命を危機的状況にさらすということです。 働く意思と能力がありながら働く機会がないという状況は、さらに精神的にも悪影響を及ぼすことはいうまでもありません。職安通いのお父さん、昼間からブラブラせざるを得ないお父さんやその家族が、心地よいはずがありません。経済的な不安や将来に対する不安、さらに社会的な不安にまで広がれば、一国全体にとってもきわめて憂うべき状況といわなければなりません。 6.不況対策の基本 したがって、不況に対して政府が行うべきことは、総需要の拡大ということになります。それ以外にも、不況を引き起こした原因に応じて必要な対策を講じることもありますが、不況という現象に対する基本的な政策態度は過少な需要を引き上げること以外にありません。いわゆる経済の安定化、景気対策、総需要管理政策と呼ばれるものは、基本的に以上の内容と同じです。したがって、逆に過大な需要によるインフレに対しては、総需要の抑制が必要になります。それもまた総需要管理政策と呼ばれます。
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U.構造改革か、景気回復か ―供給と需要・目的と手段― 不況の意味、景気に対する見方・考え方をふまえたうえで、次に構造改革について考えることにしましょう。構造改革の基本的な意味は、「民間でできることは、できるだけ民間に委ねる」、「市場原理の積極的導入」といったことです。これは、市場機能の基本的役割を活用することにほかなりません。つまり、ヒトと資本を効率性の低い部門から高い部門へ移動させること、また移動の際の障害物を除去することを意味します。 非効率で生産性の低い部門や衰退していく産業に滞留している労働力や資本を、より効率的で生産性の高い部門、成長する産業に移動させることで、経済全体を活性化させ、成長につなげることが構造改革の基本的な目的といえます。 ![]() しかし、そのような移動がいつの場合もスムースに行われるとは限りません。遊休設備を他の用途に転換することが容易でない場合もありますし、とくに労働力を右から左へと簡単に移動することは多くの場合、きわめて困難です。昨日まで建設現場で働いていた人を、今日からコンピューター会社のプログラマーとして働かせることは不可能でしょう。職業再訓練のための制度を整えることはこの点で重要な意味があります。いずれにしても、失業の発生は避けられません。これがいわゆる構造改革に伴う「痛み」です。
他方、下表のように構造改革はミクロ経済政策、不況対策はマクロ経済政策に分類できます。したがって、構造改革の手段としてマクロ経済政策を用いることも、不況対策としてミクロ経済政策を用いることも、ともに目的と手段の関係から、誤った政策ということになります。不況対策として用いるべきマクロ経済政策によって、構造改革を推進しようとすることも、また効率性の改善のための政策によって不況対策を講じようとすることも、政策割り当て問題としてはともに誤りであるということです。ただ誤りであることだけなら良いのですが、この場合には、前者では構造改革がさらに先延ばしになり、後者は不況を一層深刻化する可能性があります。
したがって、不況対策を講じることなく構造改革の推進すれば、それは景気回復なき構造改革となり、景気をさらに悪化させることになります。 構造改革とは、非効率部門の淘汰、低生産性部門からカネ・労働力を引き揚げ、それを高生産性部門へ移動させることで生産能力の向上、供給力の向上を図ることです。それではますます需給ギャップを拡大させることになります。そしてますます失業が増加することになります。構造改革はこうした痛みを余儀なくさせることになります。その痛みは一層の消費減退につながり、デフレ・スパイラル、不況の深化へと陥ってしまうことになります。 それでも、構造改革は避けられないのでしょうか。そもそも、改革すべき構造とは一体、何でしょうか。この点をあらためて考えてみる必要があるでしょう。 |
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V.構造改革の真の課題 ―成長依存症候群からの脱却― 結論から先に述べれば、改革すべき構造とは、成長に依存した日本の社会経済システム全体であると考えます。このようなシステムは、当然、成長が実現されなければ、さまざまな問題を引き起こすことになります。そうした成長に依存した社会が、成長期待の喪失によって生み出す問題群を、ここでは「成長依存症候群」と呼ぶことにします。したがって、構造改革の真の課題は、成長依存症候群からの脱却であると考えます。 アルコール依存症や麻薬中毒の患者は、おそらく最初は軽い気持ちで、お酒、麻薬に手を出してから、やがてそれなしにはどうにもならなくなってしまった人たちです。治療のために、酒、薬を断てば、禁断症状を引き起こします。バブル崩壊後の日本は、成長という麻薬が切れて禁断症状を起こしているようなものです。これを、ここでは成長依存症候群と呼ぶことにします。 事実、戦後の日本経済は、成長経済そのものでした。1960年代の平均成長率は約10%。10%の成長を10年続けると、当初の2.6倍になります。そして70年代と80年代の20年間も、多少の変動はあっても平均5%前後の成長を実現してきました。やはり5%の成長を20年続けると、2.6倍になります。戦後の日本経済は、確実に経済水準、生活水準のレベルを急速に向上させてきました。そのような長期にわたる高水準の成長を持続的に実現していくと、成長は単なる期待や希望から、現実そのものになってしまい、やがて成長することは当たり前、当然の前提と思い込んでしまうことになります。 そうなれば、あらゆる制度・慣行・組織・システムもまた、成長を前提として形成されることになり、それが固定化・構造化されることになります。すなわち成長依存型社会の完成です。その成長依存型社会は、企業規模・市場シェアの拡大を志向する企業行動とそれを支える会社組織を含む成長依存型企業システム、その企業システムを支える企業依存型生活システムという2つのシステムを土台として、より強固な成長依存型社会を作ることになりました。 ![]() もちろん、戦後の日本経済が順調に成長を続けてきたわけではありません。幾度かの不況や石油ショック、円高不況などの大きな景気後退局面にも遭遇してきました。しかし、これまでの景気循環から見ると、3年程度の好況期のあと、1年半ほどの不況期を経験するという循環を繰り返してきました。1年半ほどの時期を耐えれば、やがて3年間に及ぶ好況期がやってくる。そういった経験が、やがて成長神話さえ生み出すことになるのです。その間、第1次石油ショック後の1974年にマイナス成長を記録した以外、バブル崩壊までは、必ず経済は成長を遂げてきたのです。 構造改革が必要であるとすれば、それは「成長は永遠である」という幻想からの覚醒でしょう。その幻想は、日本社会全体が共有した共同幻想でもあったのです。しかし、成長依存症候群からの脱却は、共同幻想がまさに幻想にすぎないことを思い知らせることですから、混乱が生じることは避けられません。それが禁断症状です。成長依存型社会のなかで発症した病、成長期待の喪失によって生じる病には、どのようなものがあるのでしょうか。 2.成長依存型社会の5つの病−日本型先進国病− 成長依存型社会のもたらす病、つまり成長依存症候群の具体的な症状として、上記のような5つの問題を指摘できるでしょう。それはまた、日本型の先進国病ともいえます。順次、そのポイントを説明しましょう。
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W.失業率5%の世界 ―安心社会と信頼社会― これからの社会の重要な変化のひとつは、雇用の流動化でしょう。現実的に失業率は5%を上回ったままです。この失業率5%の意味は、単なる数字だけの問題ではありません。失業率5%の世界は、2%の世界とはまったく別の世界だということを理解する必要があります。構造改革の意味を考えるためにも、失業率の意味を考えてみましょう。 次のような仮説例を考えましょう。いま、すべて人が等しい確率で失業すると仮定してみましょう。5%の失業率のもとでは95%の人が仕事に就いているということですが、それは必ずしも現在雇用されている人が生涯にわたって現在の職場に雇用され続けるということではありません。それは、次のような世界を想定することで理解されるでしょう。
大学卒業から定年までの職業生活を43年間(22歳〜65歳)とした場合、たとえば「失業率1%」の世界では、働いている人全員が失業を経験する確率も1%であると考えます。つまり100年に1回の確率で失業を経験するということです。このとき、失業は実質的に問題になりません。2%の場合でも失業は職業生活の期間では例外的なことになります。 しかし、「失業率5%」の世界ではどうでしょう。この場合、22歳で就職→42歳で失業=就職→62歳で失業=就職→65歳で引退、と生涯に2度の失業の可能性があるということです。これは18歳で就職した場合でも同じです。失業率5%の世界では、失業は決して例外ではなく、誰もが失業の可能性を考慮して、失業したときに困らないように職業生活を設計しなければならない社会といえるでしょう。 失業してもあまり困らない社会、転職を恐れなくても良い社会を作る必要があります。それには基本的に以下のような3つの考え方があります。 @失業したらその後の生活費を、社会保険制度を通じて政府が面倒をみるという従来の福祉政策の考え方 [所得再分配政策=福祉主義] A失業したらできるだけ早く次の仕事に就けるように職業訓練が受けられるようにさまざまな施策を講じることによって労働市場の流動性が高い社会を作るという考え方 [経済構造の改革=第三の道] Bある人が仕事を失ったら政府がその人を雇うという考え方。政府による直接雇用、あるいは政府支出を増やして労働需要を創出し、失業者を救済する方法です。[公共事業・景気対策=ケインズ主義] この3つの可能性のうち、どれを採用するかは、国民の選択にかかっています。構造改革の目的は、ある意味でどのような職業生活を設計するかという問題でもあるのです。 2.高失業率と信頼社会 いずれにしても、日本は他の先進国と同様に、失業率が2%前後の国から5%を上回る国になっているのです。失業率の低いうちは、失業保険などで対応が十分でした。社会福祉もそれほど重視する必要性はありませんでした。これからは、失業率5%の時代に対応した社会を構築する必要に迫られているということです。 しかし、失業率5%の時代に必要な対策は、雇用政策だけではありません。下記に示したように、失業が重要な問題ではない社会は、会社を中心とする成長重視の社会です。そのような社会は、会社や自分の利益の追求が優先される社会、成長によってのみ安心が確保される社会でもあります。すなわち、自己利益優先と成長に向けて一致団結した協調性が重視される社会です。 しかし、失業率の高い社会では、ほとんどの人が失業のリスクに直面する社会です。そのような社会は、社会福祉が重要になる社会であり、失業に備えた雇用政策が重要になる社会です。そして、転職の可能性が高くなれば、会社ではなく生活こそが中心になる社会でもあるはずです。そこでは、お互いが助け合う相互扶助の精神が重要になるでしょう。また、それぞれの生活や人生を自ら切り開く自己決定が尊重される社会でもあります。成長によって担保されていた安心の社会から、成長率に関係なく、いや人間としての信頼こそが人々の支えとなる社会にならなければならないでしょう。 ![]() 安心が成長によって確保される社会では、基本的に信頼は必要ありません。他人を信頼できるかどうか悩まなくてもすむ社会が、安心社会だからです。したがって、成長の喪失は安心社会の崩壊を意味します。しかし、成長によって担保されていた安心社会の崩壊は、信頼社会の崩壊ではありません。信頼を必要としない安心社会から、信頼を醸成する社会を再構築することこそが、今、求められているといえるでしょう。その意味で、構造改革とは、信頼を担保する仕組みを再構築することと言えるでしょう。 |
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X.生活と人生を考える ―ライフ・エコノミクスのすすめ― 1.構造は変えるものではなく、変わるもの! 〔文献案内〕 *本稿は、2002年5月10日、2002年度追手門学院大学公開講座で行った講演(原題「構造改革のゆくえ」)の際に配布したレジメに大
幅な加筆修正を加えたものです。 |