生活経済の落とし穴

1.消費者金融の怪
 近年、自己破産の増加や「ヤミ金融」の横行などで、多重債務問題が深刻化している。自己破産申し立ての大半はクレジットやサラ金などからの多額の債務を抱えた「多重債務者」によるものであり、表に出ない多重債務者は200万人にも及ぶといわれている。その基本的な原因は高金利にある。
 急場しのぎにカードのキャッシングで借金し、その返済のために別のサラ金や消費者金融からさらに借金をするという悪循環に陥ると、やがて過酷な催促・取り立てに夜も眠れず、最後には自己破産、夜逃げ、自殺と悲惨な状況に至る。2003年の経済苦・生活苦による自殺者は8,897人、1日当たり24人にも上る。経済大国日本の現実である。
 「トヨン」(10日で4割、年1460%)、「トゴ」(10日で5割、年1825%)が主流のヤミ金融は別にしても、テレビやラジオに毎日流される消費者金融のCM、新聞・雑誌にあふれるサラ金広告、さらに無人契約機の普及もあり、消費者金融やサラ金の手軽さ、便利さ、誠実さなどが強調される。しかし、誰もが気軽に借金できるような状況が、じつは自己破産や自殺者の増加をもたらす多重債務問題の背景にあることはあまり指摘されていない。
 テレビや広告で多くの人になじみのある消費者金融の貸出金利は、普通預金金利が年0.001%の超低金利の現在において、ほとんどが25%〜29.2%である。銀行系のカードによるキャッシングの金利も年27.8%くらいである。しかし、現行の利息制限法が定める制限利率は、20%(10万円未満)、18%(10万円以上100万円未満)、15%(100万円以上)である。
 CMでよく知る消費者金融の金利は、明らかに利息制限法に違反する違法金利である。したがって、制限金利を上回る利息は無効であり、債務者には支払いの義務はない。しかし、利息制限法には罰則がない。罰則があるのは出資法という法律である。この法律は、貸金業者について年29.2%を上限金利と定め、これを超える金利の契約を刑事罰の対象としている。
 消費者金融の大半は、たとえば30万円の貸付で年29.2%以下の利息を定めた場合、民事(利息制限法)上は無効であるにもかかわらず、刑事処罰の対象にはされないといういわゆる「グレーゾーン」の金利で貸付を行っていることになる。多くの金融業者は、罰則がないからといって、民事上明らかに違法な商売を、テレビ・ラジオ、新聞・雑誌で堂々と宣伝しているのが現実である。なんとも奇妙な話である。
 さらに奇妙なことに、利息制限法は戦後初期のインフレ期であった昭和29年に制定されて以来、その制限利率が今日まで維持されているのである。50年前の法律が現在もまだゾンビの如くに生き続けている。罰則のない利息制限法の制限利率自体が高すぎることは誰もが認めるところではないだろうか。一体、誰のための法律なのだろうか。

2.悪徳商法に対する防衛手段

 私たちの生活は、豊富な商品・サービスに囲まれて便利で快適な生活を送ることができる一方で、多様な販売方法や複雑な契約内容も増えて、多くの人々がさまざまなトラブルに巻き込まれている。
 床下の無料点検といって家の中に入り込み、欠陥があると不安をあおって不必要な機器や商品を高額で売りつける点検商法、必ず資格が取れると嘘をつき、高額の教材を売りつけ、解約を認めない資格商法、主婦などに小遣い稼ぎになると甘言を弄して加盟金や高額商品を買わせる内職商法やモニター商法、美肌診断などの無料サービスをえさにエステの契約をさせ、期待した効果がなく解約しようとしても、高額の違約金を請求し、途中解約を認めないというトラブルなど、日常生活にはたくさんの落とし穴が潜んでいる。
 こうした商法の多くは、訪問販売、電話勧誘販売など不意打ち的に契約を迫るものや、効果が出るまでに長期間を要するもの、将来の利益が不確実なものなど、通常、店に出向いて商品を購入する場合とは違った特殊な販売として、特定商取引法という特別な法律の規制対象になっている。この法律は1976年に訪問販売法として制定され、いくつかの改正を経て2000年に特定商取引法と改称され、その後もさまざまな悪質商法に対応して数度の改正を重ねている。
 日常生活に忍び込む悪質業者の魔の手から私たちを守ってくれるこうした法律を、どれだけ多くの人々が知っているだろうか。取引や契約に絡む問題に直面したときには、少なくとも地元の消費生活センターなどに相談することぐらいの知識は持っておく必要がある。しかし、法律のことは知らなくても、クーリング・オフという言葉ぐらいなら知っているという人もいるだろう。それでは、その意味や内容を正確に知っている人となるとどうだろうか。
 クーリング・オフ(cooling-off)とは、頭を冷やすという意味だが、上に示したような特殊販売は、販売業者の攻撃的な勧誘方法によって、消費者が不意打ち的な状況で契約を結んでしまう、契約の意思がはっきりしないうちに契約してしまう、あるいは契約内容を正確に把握しないまま契約してしまうなどの危険性が高い販売方法であるため、販売業者に比べて商品知識や契約内容に関する知識が乏しい消費者を保護することを目的として、販売業者や事業者に契約書面の交付義務を課し、契約書面の交付日から一定期間内であれば、何らの理由も必要とせずに、無条件で契約を解除することができるとする制度である。
 何らかの状況で契約をしてしまっても、一定期間の間に頭を冷やして容易に契約を解除することができる制度であり、一定期間内の無理由・無条件の解約権を一方的に消費者に与えたものである。その意味で、きわめて消費者に有利な制度であるが、そうしないと消費者が一方的に不利益を被るような取引が多いということでもある。
 クーリング・オフができる商品は、販売方法によって限定されており、乗用自動車や消耗品、3000円未満の現金取引は適用対象外であるなど、注意すべき点もあるが、悪質商法に対抗する消費者の強い味方として、この制度を理解しておく必要がある。ある事業者が、この契約は特別なのでクーリング・オフはできないなどといえば、それは多くの場合、自らが悪徳業者であることを自白していることになる。また、契約書面の内容に嘘があったりすれば、それは正式な書面の交付にはならないのでクーリング・オフ期間はストップし、いつまでもクーリング・オフができるなど、知っていないと損をすることがいくつかある。
 もちろん、この制度が必要になるような契約をしないことが一番である。しかし、経済的な取引は同時に法的な行為でもあり、日常生活の経済行為はほとんどが法的な枠組みの中で行われていることを考えれば、少なくとも生活に密着した法律の概要ぐらいは知っておく必要があるだろう。
 ところで、消費生活に関わる国の政策の基本ともいうべき法律に、消費者基本法という法律がある。この法律は1968年に消費者保護法として制定され、2004年6月、36年振りに改称・改正された。新しい基本法からは保護の文字がない。つまり、消費者は保護される主体ではなく、自立した主体として位置づけられたわけである。また、消費者の権利も初めて明記された。
 @消費者の安全が確保されること、A商品およびサービスについて消費者の自主的かつ合理的な選択の機会が確保されること、B消費者に対して必要な情報及び教育の機会が提供されること、C消費者の意見が消費者政策に反映されること、D消費者に被害が生じた場合には適正かつ迅速に救済されること、の5つが消費者の権利である。これらの権利を実現するためには、消費者の自立を支援する仕組みを社会全体で作っていくことも重要であるが、消費者一人ひとりも、市場経済社会を形成する主体としての自覚が必要である。
 不要なものにはきっぱりとNOと言う断固とした態度、悪徳業者に泣き寝入りしない強い意志、不祥事を起こした企業にレッド・カードを突きつける明確な意思表示が必要である。そうした賢明な消費者である限り、私たちの住む社会はより望ましい姿に変わるはずである。

3.年金の考え方
 年金制度の行方が、今、大きな話題になっている。2003年の合計特殊出生率(1人の女性が生涯に産む子供の数の平均)は1.29と少子化が進む一方で、65歳以上の高齢者の割合は、現在の19%台から2050年には35%台に急増する。
 日本の年金制度は、現役世代からの「仕送り」によって高齢者の生活を支える賦課方式を骨格としているから、少子化で労働力人口が減れば「仕送り」の額は少なくなり、高齢化が進めば年金支給額は際限なく膨らむ。2004年の年金制度改革では、保険料の引き上げと給付水準の引き下げを提言している。国民の大多数は、自分の払った保険料以上の年金を受け取るのが当然の権利と考えているから、負担ばかり増えて、将来もらえる年金がどうなるか分からないという不安から、保険料の未納者が急増している。
 現在、年金加入者の4割近く、900万人が保険料を納めていない。経済的な理由で免除されている人が500万人、そもそも年金制度に加入していない人が100万人、保険料の請求を無視している未納者は300万人近くいる。しかも、未納者・未加入者のうち200万人は民間の生命保険や個人年金に加入しているという。
 年金は、老後の生活設計の基礎となる重要な収入源である。実際、75歳以上の高齢者にとって年金が主要な収入源である人は7割、年金収入のみに頼る人は6割近くに上るという。本来、安心を与えるべき年金制度が、逆に長生きすることが不安な社会を生み出している。
 ところで、年金や社会保障は、なぜ必要なのだろうか。それは、人間が未来を予測できないからである。自分は何年生きるか、いつどんな病気にかかり、どれくらいの治療費が必要になるか、いつまで仕事ができるか、どれも確かな予測は不可能である。しかし、死なない人も病気にならない人もいない。好きなときに仕事を始めたり辞めたりできる人もほとんどいない。
 そこで準備が必要になるが、あらゆる場合を想定して資金を蓄えておくことはほとんどの人には無理である。社会保険は、そんな予測不可能な、しかし確実なリスクを社会全体でカバーしようとする制度である。多くの人は、年払いで自動車保険に加入している。今年1年事故がなく良かったと思う人はいても、事故に遭わなかった、入院しなかった、死ななかったから保険金がもらえず残念と悔しがる人はいないはずである。
 もちろん、現行の年金制度がこのような考え方を反映した制度になっているかどうかは検討の余地がある。しかし、自分一人ではできないことが世の中にある以上、それにどう対処していくか、どのような社会制度を設けるべきなのか、個人の損得勘定とは別に、自分と社会全体の損得勘定を冷静に考えて見る必要がある。とくに、年金なんていらない、という人には。